飛島しあわせ物語

とにか新聞 令和5年2月1日号

第四十四号

 今回のとにか新聞は、「介護保険特集」です。

今回のテーマ 介護保険特集

飛島村と近隣市町の介護保険料の比較

 本村の満65歳以上の人(第1号被保険者)が支払う介護保険料は、愛知県下で、名古屋市に次いで、2番目に高い介護保険料(6,350円)です。
 参考に、近隣の名古屋市は、6,642円、弥富市は、6,050円、蟹江町は、5,700円です。また、全国平均は、6,014円、愛知県平均は、5,732円です。

介護保険制度とは

 介護保険制度は、2000年(平成12年)4月から始まりました。
 満40歳になると、被保険者として介護保険に加入します。満65歳以上の方は、自治体が実施する要介護認定において介護が必要と認定された場合、サービスを受けることができます。また、満40歳から64歳までの人は、介護保険の対象となる特定疾病により介護が必要と認定された場合は、介護サービスを受けることができます。
 また、介護保険料は、満40歳から、徴収され、村民ひとり一人が、支払うことになります。

本村の介護保険は、平成24年度に破綻!

 さて、本村の介護保険特別会計は、平成23年度まで、順調に来ていましたが、第5期介護保険事業計画の初年度である平成24年度に、破綻した。何故、破綻したのか、それは平成23年度まで、介護保険料を低めに抑えており、それに対応した介護給付費を算出して、特別会計を行っていて、問題なかった。しかし、平成24年度は、今までの想定よりも介護給付費が増えたため、破綻したと私は、みています。破綻した当時の介護保険料は、4,650円でした。

破綻の責任は、誰にあるのか!

 さて、破綻について、厳密に言えば、第5期介護保険事業計画(平成24~26年度)そのものが破綻したため、第6期介護保険事業計画(平成27~29年度)の介護保険料は、4,650円から1.4倍の6,520円に跳ね上がった。介護保険料は、1,870円値上がりしたが、これは、第5期介護保険事業計画が破綻したから、しかたがありません。

 しかし、第5期介護保険事業計画で介護保険料を値上げする必要があったのに、これを見逃し、行わなかった村及びその当時の村長の責任は、重大であり、猛省が必要です。何故なら、破綻したことが、今現在の愛知県第2位の高い介護保険料に繋がっているからです。

被保険者は、余分に介護保険料を支払っている!

 さて、現在の第8期介護保険事業計画(令和3~5年度)を検証すると、問題があります。ここで特筆したいのは、令和2年度から令和3年度の介護給付費が、予算ベースで15%も伸びていることです。単年度の比較で、特別な事情が無いのに15%伸びること自体が、ありえないことです。なお、介護給付費決算額の伸びは、3%です。
 この差額(12%)の介護給付費にも、介護保険料が賦課されています。これは、被保険者が、余分に介護保険料を払っていることになります。

余分に支払っている介護保険料は、当然、被保険者に返す!

 第8期介護保険事業計画の3か年で被保険者から取り過ぎた介護保険料は、第9期介護保険事業計画で清算する、この当たり前のことを粛々と行う必要があると強く指摘します。介護保険料を取り過ぎていたら、被保険者に返すのは、当たり前のことであります。

基金は、いくら必要か、決めることは、難しい?

 さて、介護保険特別会計の破綻に備えて、介護給付費準備基金が、いくら必要かということが、重要なファクターになってきます。
 そこで、村として、介護給付費準備基金が、いくら必要であるか、決める必要があります。

 このことについて、令和4年9月議会において、質問しましたが、現状においては、金額は言えないとの答弁であります。令和4年3月31日現在、介護給付費準備基金は、約7千万円あります。この7千万円の内、いくら基金残高として、必要であるか、この判断することが、そんなに難しいことなのか。被保険者から見れば、村及び村長は、責任逃れ、問題を先送りしているだけに見えます。

 最後に、第9期介護保険事業計画(令和6~8年度)の策定に当たり、介護給付費準備基金が、7千万円もあるのに、第8期介護保険事業計画と同様に、介護給付費を過大に見積もり、高値の介護保険料を維持することは、やってはいけないことであると指摘して、終わります。

飛島から日本を変える会代表 八木敏一

プロフィールを表示します

エッセイ「これでいいのか」に移動します

連絡先

〒 490-1431
愛知県海部郡飛島村服岡 3-117-1
飛島から日本を変える会 (代表:八木 敏一)
代表連絡先 : 090-6077-5412

村民のみなさんを幸せにをスローガンに 飛島から日本を変える会 代表 八木敏一のプロフィール 1953年 飛島村生まれ 飛島村立小中学校を卒業 愛知県立松陰高等学校を卒業 1971年 飛島村役場に就職 2011年 同役場を退職 プロフィールを閉じます